葛飾ゆかりの人 さ行
[在住期間:1957~1973] 地区:新宿町(現 高砂)
“東京大空襲”“ベトナム戦争”をライフテーマに活動。主な著書に『東京大空襲』など。2002年より“東京大空襲・戦災資料センター“(東京都江東区)の館長に就任。
略歴
- 1932年
- 東京都足立区生まれ。
- 1945年
- 3月9日、12歳の時に東京大空襲を経験。
下町の工場で働きながら独学した。 - 1952年
- 18歳で執筆した『下町の故郷』が20歳で刊行され、直木賞候補に。
『ハモニカ工場』、『美しい橋』、『秘密』などが次々と映画化。『ハモニカ工場』以降は作家生活に専念した。 - 1970年
- “東京空襲を記録する会”結成。
- 1971年
- ルポルタージュ『東京大空襲』がベストセラーとなり、日本ジャーナリスト会議奨励賞を受賞。
- 1991年
- 自作映画「戦争と青春」(今井正監督)の原作・脚本で、日本アカデミー賞特別賞を受賞。
- 2002年
- “東京大空襲・戦災資料センター”(東京都江東区)の館長に就任。
- 2022年
- 老衰のため90歳で死去。
[在住期間:1947~1980] 地区:四つ木
主な著書に『旅する巨人-宮本常一と渋沢敬三-』、『甘粕正彦 乱心の曠野』など。現在も「文藝春秋」などで昭和史、政治問題を手掛け、精力的に作品を発表している。
略歴
- 1947年
- 東京都葛飾区四つ木に生まれ育ち、出版社勤務を経てフリーライターに。
- 1978年
- 山根一真・猪瀬直樹・小板橋二郎ら4人で結成したライター集団“グループ915”で永大産業の興亡をつづった『ドキュメント永大処分』を発表。
- 1981年
- 「週刊文春」で連載した「ドキュメント・ニッポンの性」をまとめた『性の王国』によってノンフィクション作家としての足掛りを築いた。
- 1997年
- 民俗学者・宮本常一とパトロン渋沢敬三を描いた『旅する巨人-宮本常一と渋沢敬三-』で 第28回 大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
他に、正力松太郎(政治家・元読売新聞社主)と読売新聞を描いた『巨怪伝-正力松太郎と影武者たちの一世紀-』、中内功(ダイエー創業者)を描いた『カリスマ-中内功とダイエーの「戦後」-』や、小渕恵三(元首相)を描いた『凡宰伝』、「文藝春秋」などで昭和史、政治問題を手がけるなど、現在も精力的に作品を発表し続けるノンフィクション作家である。 - 2022年
- 肺がんのため75歳で死去。
[在住期間:1931~1934] 地区:南葛飾郡本田町(現 四つ木・東四つ木・立石)
「遠来の客たち」が芥川賞候補となり文壇デビュー。有吉佐和子と共に、“才女時代”と呼ばれる一時代を画した。主な著書に『誰のために愛するか』、『神の汚れた手』など。
略歴
- 1931年
- 南葛飾郡本田町(現在の東京都葛飾区四つ木・東四つ木・立石)生まれ。
聖心女子大学在学中、19歳で同人誌「ラマンチャ」や第15次「新思潮」に参加。 - 1953年
- 同人の先輩格 三浦朱門と結婚。
- 1954年
- 「遠来の客たち」が芥川賞候補となり、文壇デビュー。有吉佐和子とともに“才女時代”と呼ばれる一時代を画した。
- 1970年
- エッセイ『誰のために愛するか』が200万部のベストセラーに。
- 1979年
- 産婦人科医を扱った『神の汚れた手』は、第19回 女流文学賞に選ばれたが辞退。
- 1981年
- 長年の眼疾を手術、『贈られた目の記録』を著した。また、臨教審委員、脳死臨調委員となるなど社会的にも活躍。
- 1993年
- 日本芸術院会員。1995年から2005年まで日本財団会長。
- 2003年
- 文化功労者に選ばれる。その他これまでに、ローマ法王庁より聖十字勲章、日本藝術院賞 恩賜賞など多数受賞。
- 2009年
- 日本郵政株式会社 社長取締役。